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旧中筋家住宅 Ⅲ(表座敷と南の庭)。

土間に入って真っ直ぐ進むと2畳ほどの畳間。ここが家人が使う小玄関です。その奥には立派なケヤキの式台が付いた大玄関があります。大玄関は要人を迎えるために造られたこの建物のメインの入り口。ただし、由緒正しき方々をお迎えするところなので、当時から柵で締め切られ、普段は使用してなかったのだそうです。

中の間を経由してさらに奥に進むと、表座敷(上の間)に至ります。ここは中筋家の当主がお客様を迎えるのに使っていたところ。目の前には床、床柱は柱の下部だけが他の柱の寸法に合わせて削られた竹の子面仕上げ、床脇部には開口部を設けて、月見台のようなにしつらえられた縁側に出られるようになっています。この縁側からは建物のすぐ東側を通る熊野古道を挟んで高積山が一望出る趣向です。

床は畳敷、壁は塗り壁、天井は竿ぶち天井と、内部の造作は町屋らしく簡素ではありますがとても丁寧に造られています。建具を除く木部は全て煤弁柄(すすべんがら)塗りの仕上げ、町屋といえども格式の高さはこの辺に表れています。

表座敷(上の間)に入って一番の驚きは、大きく開け放たれた南の掃き出し窓と縁側に続くこの庭です。敷地そのものが役所機能を果たす門長屋より少し高くなっていることと、主屋の床高が庭に続く門長屋より高いので、縁側からの景色は少し高い目線から庭を見下ろすことになります。この高さの違いが独特の眺望と開放感を生むのです。

真ん中に石の橋が掛かったひょうたん型の池。その周りに施された植栽も見事で、俗な世間から切り離された、ここにしかない世界を造っています。また、敷地内にある他の空間とこの部屋は違うのだ・・・という感覚を際立たせます。

普段は紙障子と襖であるだろう間仕切り建具が、風通しの良い簾戸(すど)に入れ替えられていました。手間暇を掛けながら季節を楽しむ、あるいは季節と馴染んでいく、このへんのところが日本人独特の繊細な感覚で・・・だから、世界から評価される日本であり続けることが出来ているのでしょう。世知辛い日常で私たちが失いかけている日本の心に触れたように思いました。