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冬のよそおいから、住まいを考える

「建築のこと」と聞くと、数学や物理・・・むずかしい数字の話題を思い浮かべる人も多いかもしれません。
けれど、住まいは暮らしのうつわ。
毎日の生活をふりかえってみると、数字で計算をしながら決断をしていることなんて、買い物や体重と食事のカロリーくらい・・・?そんなに多くはありません。
私達は経験的に、健康で快適に暮らすための智恵を体得しています。
素朴な習慣を出発点に住まいのことを考えてみると、案外シンプルにあるべき仕組みが見えてきたりします。

重ね着の智恵は、住まいの断熱にも通じる

冬は重ね着の季節です。朝のお出かけ前・・・皆さんがどんな順番で服を着ているか、思い出してみてください。

  1. 下着
  2. シャツ
  3. セーター
  4. コート

この4つを差し出されたら、多くの人がほぼ迷うことなく1番から順番に着ていくのではないでしょうか。
この着こなしを機能別に分析してみると、下のような区分けとなっているハズです。

肌に触れる下着には、綿など吸湿性にすぐれ肌触りの優しい素材が好まれます。
ビニールなど通気性・吸湿性のないものを選ぶ人は、ほぼいないと思われます。汗をかくので、水分を吸わない素材では中で蒸れたりして都合がよくありません。蒸れは不快ですし、冬場には体温を冷やし風邪の元、夏場には雑菌が繁殖したりして不衛生の原因になりがちです。カブレ等の疾患のリスクも高めます。日常の中で、私達はこうしたことを学習しています。
まずは代謝によって発生する水分を処理し、その上に体温を保温できるふわふわ・もこもこの服を着て温かさを確保、せっかくの快適な温もりが外へ逃げてしまわないように。また、外の冷たい空気が服の中へ入ってこないための備えとして、風を通さないアウターを羽織ります。
木の家の場合にも、同じようなことがいえます。
中に住まうのが息をして汗をかく人間であること。炊事や入浴、洗濯など、日常の営みからも水分が発せられること。そして、木も、呼吸しているからです。

木の家の場合、大切なのはアウター下の湿気処理

住まいの場合、下着・シャツなどは内装、セーターは外壁までの断熱層。コートなどアウターには外壁が該当します。
木の家の温熱環境と快適性において特に大切なのは、下着・シャツやセーターにあたる外壁より内側の部分でどんな素材を選択するかということです。

木で家を建てることの大きな意義の一つは、木が建材となっても、なお呼吸を続け、湿気を調整してくれることにあります。
スポンジのような多孔質の繊維の中に空気と水分を蓄えることができるので、室内が多湿になれば湿気を吸い、乾燥すると蓄えた水分をはき出してきます。これによって室内環境が一定に保たれ、人は「快適」と感じるのです。
さて、そんな仕事をしている木の周りを、ビニールクロスや袋に密封された断熱材で覆ってしまうと、どうでしょう。
人がビニールを着て運動したとき経験する事と、似たようなことが起こります。
木は、水分・酸素・湿度・養分の4つで一定以上の悪条件が揃い、木材腐朽菌が発生すると腐りはじめます。
大切な住まいを長く健全に住み継いでいくためにも、人が木の仕事の成果を充分に享受して暮らすためにも、天井裏・壁内・床下に使う他の素材を、きちんと湿気を通すもので揃え、適切な順序・用法で使うことは、大切なポイントとなります。

中村設計・木の家工房Mo-kuで活躍している素材

中村伸吾建築設計室の木の家は、木・土・紙・石など無垢の素材でつくります。
内装に多いのは、木・土・紙……部分的にタイルなど。もちろんどれも充分に湿気を通します。
壁の中を見る機会はそうそうありませんが、内壁と外壁の間にはセーターにあたる断熱材の層があります。下着の上に直接アウターを着ても温かくならないように、温かさ・涼しさについての性能の大部分は、この断熱層にかかっています。適切な素材で、充分な量をそなえましょう。
1軒ごとにその家が建つ地域の環境や、ご家族の求める性能を精査し、使う断熱材と施工方法・入れる分量を検討します。
活躍する機会の多い断熱材の一例を、いくつかご紹介します。

【羊毛】
羊の毛を断熱材として加工したもの。

【杉皮断熱材】
製材の際にでる剥いた杉の皮をコーンスターチで固め、断熱材として加工したもの。

【PET 樹脂断熱材】
ペットボトルのリサイクルなどで生み出されるエコな素材
(天然素材ではありません)

【土塗り壁】
竹小舞(割竹をシュロ縄で編み上げた下地)の上に土を塗り重ねる伝統工法。

共通しているのは、環境にやさしく湿気を通すことのできる素材であることです。

私達は、科学的な論拠や計算に基づいた検証と同時に、地域の風土や歴史が育んできた伝統、日々の暮らしに息づいている素朴な実感を大切にしたいと考えています。アプローチは異なって見えますが、どちらも住まいの快適性を考える上で欠くことのできない視点だと思っているからです。